• 宮﨑 秀彦

米海兵隊は日本流「忖度」で機動性を生み出している

 アメリカ海兵隊は、陸海空が一体となった世界唯一の遠征即応部隊であり、大統領命令があれば世界のあらゆる場所に即座に展開する事が可能です。まさに世界最強の機動的組織と言えます。実はこの海兵隊の機動性の根底には、いま失われつつある日本的組織作りが取り入れられているのです。その取組みをご紹介します。


3行でまとめると

・戦争はサイエンスだけでなく、即興的なアート(機動性)が必要

・アートを生み出す直観・創造性は、深い人間関係の知の共有から生まれる

・海兵隊の強さは深い人間関係と冷徹な実証主義が組み合わさり成立している


 野中郁次郎一橋大学名誉教授の「知的機動力の本質」を元に記事を作成致しました。



1.かつての日本企業と似ている海兵隊

 

 海兵隊というと、映画「フルメタル・ジャケット」で訓練生を人格否定する鬼軍曹をイメージされる方もいらっしゃるかと思います。海兵隊では入隊すると13週間の激しいキャンプ生活に入ります。ここでは教官から徹底的に「わたしは(一人称)」を否定され、「この訓練生は(三人称)」と自称しなければなりません。また自分とライフルが一心同体であることを刷り込まれます。もしライフルを一人が落とせば、全員が連帯責任を負います。肉体的・精神的にも追い詰められるという経験を、全員が共有します。さながら昔の日本企業や学校の部活のようです。


 この厳しい訓練の目的は、相互主観(彼と私の主観)を獲得する事にあります。長時間、厳しい体験を共有し助け合う事により、チームメンバーの記憶や感覚が一致します。チームが必ず助けてくれるという安心感が醸成され、自分がチームのために全力を出すことができるという確信が生まれます。


 相互主観を身につけたあとは、様々な訓練を通して、自分の意見を言うことを求められる様になります。軍隊と言うと、上意下達をイメージするのですが、一人ひとりが意見を言う能力が求められる点が意外に感じます。テクノロジーが進化して、ドローンやミサイルで敵をピンポイントで攻撃できる時代になってきた訳ですから、上意下達が効率的であり、更にいうと、共通感覚を作る訓練をしなくても自分が担当する機械の操作を効率的に覚えればよいのでは?とも思います。



2.なぜ上意下達ではだめなのか?


 これには戦争の本質を理解する必要があります。戦争はシンプルな利害の衝突の様に見えます。しかし、実際の戦場では、たった数人の道徳や精神力に基づいた行動が戦局を大きく変える事がしばしば起きるそうです。


 特に現代兵器は有効距離や攻撃範囲が拡大しており、被害を避けるため部隊間の距離はどんどん広がり、各部隊が個別的に作戦を実行していく事になります。局地戦では敵と味方、場合によっては市民など、人の道徳、精神力、物理的な力など色々な事が絡み合い一つの状況が生まれています。この毎回異なる状況に対しては、サイエンスだけでは全てを解決できず、また中央集権的な仕組みでも対応できません。現場部隊だけが知り得る情報をインプットとした、直観(状況の本質を掴む)や創造性(解決策を生み出す)というアートでしか対応できないのです。これはまさに機動性です。


 従って、人間をインプットとアウトプットのロボットの様に扱うことは間違いであり、本人の能力を目的に向かって発揮させるという機動性が求められるのです。



3.機動性を高める方法


 海兵隊では機動性を高めるためにどの様な取り組みをしているのか、特徴的な方法に絞ってご紹介します。


師弟関係

 海兵隊マニュアルでは、将校と兵士の関係は主従関係ではなく、教師と生徒、父子の関係に近いとされています。将校は、国家のために奉仕しようとする若い兵士に対して、規律・軍事教育だけでなく、身体的・精神的・倫理的幸福を守る責任を負っています。上官にこの様なよき指導力が発揮されれば、兵士は俊敏に対応すると考えられています。この考え方をベースに、訓練や実践経験を振り返り、率直に上官と部下が対話を重ねることで、上官の経験を伝承します。「上官ならどう考えるだろう?」という自問自答は、経験を分析するヒントになります。


任務戦術

 その名の通り、部下に任務を与え、任務達成の方法については部下へ任せる戦術です。緊迫した状況であれば、通常の指揮命令系統を逸脱し、現場指揮官(最小単位はリーダー1名、兵士3名のライフルチーム)自ら判断する責務を負っています。通常は大佐レベルが行う判断を現場指揮官が行うこともあります。マイクロマネジメントをしないことによって、早さと有効性を発揮します。


 任務を与える際には2段階アップという方法が用いられ、指揮官が隊員に命令するときには、自分の上官(全体の目標)と自分(個別の目標)の意図の「目的」と「理由」を説明します。流動する状況では、目的を遂行する実行手段が機能しなくなっても、全体目標から臨機応変に他の手段を用いることができます。また、指揮官は部下に権限を委譲したからには、部下の行為に対して自らも責任をとります。


OODA(ウーダ)ループ

 個人の意思決定には「機動戦」概念の提唱者ジョン・R・ボイド空軍大佐が開発したOODAループが採用されています。機動戦をいち早く取り入れたのが海兵隊です。OODAについては是非解説動画をご覧下さいませ


 上記で述べましたとおり、戦争はサイエンスではなくアートです。OODAループでの2つ目のO(Orientation)はもっとも重要と言われており、その瞬間の状況に対して、解決策を創造するプロセスです。また直観によって生まれたアートを、「全員がライフルマン」という共通認識を介すことで「忖度」する事ができ、スムーズに組織的に共有し活用できるという事が海兵隊の強みです。


コンフリクト解消

 戦場では常に矛盾が存在しており、矛盾を受け入れて、相反する考えを同時に機能させるダイナミックなバランス能力が必要とされます。


 ・失敗覚悟でやるべきか、成功第一に考えるべきか

 ・権限を与えるべきか、階層を守るべきか

 ・計画を練り上げるべきか、即興で対処すべきか

 ・規律を課すべきか、創造性を触発すべきか

 ・中核業務を担うべきか、多機能業務を担うべきか

 ・慎重に分析すべきか、素早く行動すべきか

 ・隊員同士で競争させるべきか、他の隊員の成功を優先すべきか


 海兵隊のリーダーは、周到な計画や方法を立案すると同時に、勘と経験を駆使し、部下の即興的な自発性を支援します。また、海兵隊の教育・訓練システムには、相反する価値観や特性が存在し、それらがバランスを取るようなプロセスが埋め込まれています。これを訓練することによって、戦場での矛盾に立ち向かう知力を養い、イノベーションを生みだすことに繋がります。



4.まとめ


 今回は米海兵隊で行われている機動性を高めるメソッドと、それが採用される背景についてお伝えしました。私の個人的な意見ではありますが、日本の「恥の文化」はまさに相互主観であると思われます。この文化的背景は日本企業にとっては有利に働くだろうと思います。


 また「本音と建前」は日本においてはコンフリクト解消する一つのメソッドとして機能しているのだろうと感じました。しかしそれが目的達成を損なったり、戦いのスピードを低下させているのであれば意味がありません。この点については、海兵隊を見習い、実証的に手段を選択するということを考える必要があると思われます。


 「忖度」は一時期良くないものとされていましたが、生み出される「結果」によって、正当化されます。さらに「結果」はビジョンやアイデンティティに即して考えるべきですので、この一体的な関係性を見失わない、あるいは問い続けるという事が重要だろうと思われます。


 野中郁次郎一橋大学名誉教授の「知的機動力の本質」を元に記事を作成致しました。

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